ブログを書き始めて、嬉しく思うこと
ブログをまた書き始めて、思わぬ人からメッセージをもらえたりすることが、とても嬉しい。
こうした何かのきっかけで、繋がりを感じられるって、
とてもありがたいことだなぁ、って。
直接メッセージをくれる人もいれば、Facebook上でメッセージをくれる人もいる。
ずっと連絡をとっていなかった古くからの友人もいれば、今まであまり交友がなかった人まで。
そのどれもが、とても嬉しい。
それは、自分を晒してでも、その自分と重なりを持ってくれる、と選択してくれたとことが、とても嬉しいからなんだよね。
ブログを書く、文章を書く、それを公表するって、自分の内面を曝け出すことだよな、と思っている。
その人の選ぶ言葉は、どうしようもなくその人の内面を写し出すから。
だから、ずっとブログは書いたり書かなかったりしていた。
あまり、内側を曝け出したくなかったから。
分かり合いたい、繋がりたい、と思う一方で、自分を曝け出すのは怖かった。
その引っ張り合いの中で、続かなかったのです。
誤魔化しがきかないから。
まんまの自分で勝負するしかないから。
だから、自分の中にあるものを、さらけ出すのが怖かったんだよね。
こうやって書くことで、今まで誤魔化していたことが、誤魔化しが効かなくなって、拒絶されたりしないかな、という不安が、いつも根っこにあった。
でも、書くって、やっぱりいいな、と思う日々です。
こうやって、なんでもないようなこと、日々思うことを書いているだけでも、受け取ってくれる人がいる。読んでくれる人がいる。感じてくれる人がいる。
そうやって、お互いの世界が、重なり、深まり、願わくば、より良い人生へと、進んでいけるだなんて。
怖がって、隠れているのも、とても安全だけど、
それ以上に、喜びに溢れて生きていける気がする。
だから、怖くても進んでいきたい。
そう、生きていきたい。
人に触れる瞬間って、あるよね。
それは、肉体的にではなくて、内面的なその人に。
私は、そういう瞬間が好き。
肉体的な縁がある人も、この世にはもちろんたくさんいるけれど、私には、内面的な繋がりの方が、ずっとずっと強いものとして感じられるのです。
だから、人に、触れていきたいな。
本当の意味で。
そういう瞬間が日々の中で増えていったら、
どんなに嬉しいだろう。
だからこそ、まずは、自分が内を開いてみる。
そんなふうに、日々を過ごしてみる。
そんなふうに思う日々です。